2018年09月28日

新潮45を休刊に追い込んだ小川榮太郎が窮地に立たされない理由

今年から突如、安倍政権御用誌に成り下がった「新潮45」はLGBTは生産性がないという杉田水脈の寄稿文が端を発することとなり、それに追随する小川榮太郎のLGBTと痴漢を同列に語った寄稿文が追い打ちをかける形となり休刊の道を余儀なくされました。



新潮45 小川榮太郎.PNG



しかし休刊にあたって新潮の社長のコメントは言葉を濁すものであり、近年の発行部数減少という要因も織り交ぜたことで休刊に至った原因を有耶無耶にしたものであまりにすっきりしない形で幕引きを図ることになりました。



杉田や小川によるLGBTに対する執拗な差別言論が多くの読者や作家を不快にさせたことも問題ですが、そもそもJGBTについて見識を持たなかったと小川が白状したように無見識で反論文を寄稿させた新潮側にも問題があります。新潮側が依頼したのか杉田のために反論してくれと外部から依頼されたのか分かりませんが掲載に踏み切り騒動となったのは自業自得ですが、原因を曖昧にしたまま休刊させたのですから新潮の罪は大きいです。この一連の流れについて言論弾圧などと吹聴する輩もいますが、自分で蒔いた種を検証することなく蓋を閉じて幕引きを図った新潮側が問題であって異論を唱える者に非はありません。言論の自由の範疇で暴論に異を唱えたまでです。




新潮45の10月号発行から一連の流れを見ると小川榮太郎の寄稿文が休刊に至った最大の要因であるのは明白であるにもかかわらずそれについて触れないのは新潮が小川に配慮しているのかも知れません。そして新潮45休刊の報道を見てみると、この暴論を寄稿した小川榮太郎の人間像についてあまり掘り下げることなく休刊とLGBTをクローズアップされてしまっているところがこの問題の闇と言えるでしょう。背後にある政府官邸に恐れおののいているのか知りませんがそれにより小川にダメージは殆どありません。




逆にこの一連の問題を反省もなく自分のネットチャンネルやSNSで休刊を決めた新潮や報道機関の批判など自論をぶち上げています。公職の杉田水脈と違って自由な物言いができる自称・評論家という立場もあるから好き放題できるのでしょう。











結局のところ、被害が及んだのは新潮と巻き添えを喰らった新潮に連載していた作家です。逆に小川榮太郎は言論弾圧されたという言質を与えることとなりWILLやHanada、正論、Voiceといった安倍御用誌から引っ張りだこでこれからも寄稿を続けるでしょうし、何より安倍ちゃんと懇意なのですから食い扶持には困らないでしょう。何せ安倍資金管理団体名義で著書を大量に購入されるという厚遇ぶりですからね。







どんな人間であれ言論を封鎖するということは許されるべきではありませんが、小川の場合大した能力もないのに安倍から目を懸けられ文芸評論家として安倍を崇拝する似非保守共に祭り上げられたことで自分の能力を過信しているのでしょう。だからあのような文献に値しないような駄作文を平気で書けるのです。こういう輩の著書や寄稿誌などに金を落とすことはやめるべきです。










安倍第二次政権誕生と共に世に名を憚ることになった小川榮太郎ですが、彼の悪態ぶりが曝け出されたことで世間に広く周知されることとなりました。しかし安倍ちゃんの後ろ盾がなくなったときどのような顛末を迎えるのか推して知るべしです。



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posted by yuuponshow at 18:10| Comment(0) | 杉田水脈 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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